本記事は一般的な税制・社会保険料の仕組みに基づく概算の試算であり、個別の税務相談ではありません。実際の手取り額は扶養状況・自治体・加入する保険組合などの条件によって変わります。
はじめに
「年収1,500万円」と「手取り1,500万円」はまったく違いますよね。
当たり前のようでいて、この差がどれくらいの大きさになるのか、そして働き方によってその差がどう変わるのかを具体的な数字で見たことがある方は意外と少ないのではないでしょうか。
今回は、医師という職業を題材に、同じ年収でも「勤務医(社会保険加入者)」「非常勤中心(複数勤務先)」「開業医(個人事業主)」という3つの働き方でどれだけ手取りが変わるかを試算してみます。医師の話として読んでいただいてもいいですし、「雇われる働き方」と「事業として稼ぐ働き方」の一般的な構造の違いとして読んでいただいても構いません。後者の視点の方が、実はこのシミュレーションの本質に近いところにあります。
前提条件
- 給与所得者:給与所得控除、社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険、協会けんぽ東京の料率目安)、所得税(超過累進税率+復興特別所得税)、住民税(10%目安)を反映しています
- 非常勤中心:複数の勤務先いずれも社会保険の加入要件(4分の3基準または短時間労働者の社会保険適用要件)を満たさず、法人化スキームも使用していない前提です。国民健康保険(または医師国保)+国民年金を個人で負担するモデルとしています
- 開業医:診療行為は業務委託(事業所得)として構成できないため、実際にクリニックを開設・経営するモデルとしています。措置法26条による概算経費率(社会保険診療報酬2,500万円以下は72%、2,500万円超3,000万円以下は70%)を適用し、青色申告特別控除65万円を反映しています。社会保険は国民健康保険+国民年金(事業所得を基準にした簡易近似式)としています。診療報酬はすべて社会保険診療報酬であり、自由診療収入は含まれていない前提です。また65万円の青色申告特別控除は、e-Taxでの電子申告または電子帳簿保存の要件を満たしている前提で、満たさない場合は55万円、簡易な記帳のみの場合は10万円に下がります。
- 基礎控除は令和7・8年度税制改正を踏まえ、令和9年分以降の水準(合計所得金額に応じて58万円〜95万円、住民税は43万円で据え置き、ただし高所得者向けの逓減は従来通り)で計算しています。
- 配偶者控除・扶養控除・生命保険料控除など、個別の家族構成に依存する控除は考慮していません(実際の手取りはこれらでさらに変わります)
1. 勤務医(給与所得者)の手取り早見表
| 年収(x) | 社会保険料 | 所得税 | 住民税 | 手取り額 | 手取り率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 800万円 | 約116万円 | 約45万円 | 約46万円 | 約593万円 | 約74.1% |
| 1,200万円 | 約138万円 | 約124万円 | 約83万円 | 約855万円 | 約71.2% |
| 1,500万円 | 約155万円 | 約210万円 | 約111万円 | 約1,024万円 | 約68.3% |
| 2,000万円 | 約167万円 | 約374万円 | 約160万円 | 約1,299万円 | 約65.0% |
| 3,000万円 | 約173万円 | 約790万円 | 約264万円 | 約1,774万円 | 約59.1% |
年収が上がるほど手取り率が下がっていくのは超過累進課税の仕組み上当然ですが、社会保険料の伸びが年収800万円あたりでほぼ頭打ちになるという点は見落とされがちです。健康保険・厚生年金にはいずれも上限(標準報酬月額の上限)があるため、年収800万円と年収3,000万円で社会保険料の絶対額は、年収の差に比べると小さいです。
<この表の計算式(x = 年収、単位:万円)>
- 給与所得控除:KK(x) = 0.1x + 110(x≦850)/ 195(x>850)
- 給与所得:x − KK(x)
- 社会保険料(自己負担分):min(x, 1668)×4.985%(健康保険)+ min(x, 780)×9.15%(厚生年金)+ x×0.6%(雇用保険)
- 課税所得:給与所得 − 社会保険料 − 基礎控除
- 所得税:課税所得に応じた累進税率(下記共通)×1.021(復興特別所得税込み)
- 住民税:おおむね (給与所得 − 社会保険料 − 43)×10% + 0.5
- 手取り:x − 社会保険料 − 所得税 − 住民税
所得税の累進税率(課税所得に対する速算式、以下すべての表で共通):195万円以下5%/330万円以下10%−9.75万/695万円以下20%−42.75万/900万円以下23%−63.6万/1,800万円以下33%−153.6万/4,000万円以下40%−279.6万
2. フリーランス医(バイト医)の手取り早見表
フリーランス医(バイト医)、すなわち非常勤の掛け持ちをしていたりスポットバイトのみの勤務をしている方は、各勤務先の労働時間・日数が「4分の3基準」を満たさない、あるいは、「短時間労働者の社会保険適用要件」を満たさない限り、どの勤務先の社会保険にも加入できません。自分で法人を作って社会保険に加入する場合を除けば、国民健康保険(または医師国保などの職域国保組合)+国民年金を個人で負担することになります。給与所得としての課税は、複数勤務先の給与を合算した金額に対してかかる点は勤務医と同じです。
| 年収(x) | 社会保険料(国保/医師国保+国年) | 所得税 | 住民税 | 手取り額 | 手取り率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 800万円 | 約127万円 | 約43万円 | 約45万円 | 約586万円 | 約73.2% |
| 1,200万円 | 約127万円 | 約127万円 | 約84万円 | 約863万円 | 約71.9% |
| 1,500万円 | 約127万円 | 約219万円 | 約114万円 | 約1,040万円 | 約69.3% |
| 2,000万円 | 約127万円 | 約388万円 | 約164万円 | 約1,322万円 | 約66.1% |
| 3,000万円 | 約127万円 | 約808万円 | 約268万円 | 約1,797万円 | 約59.9% |
※国民健康保険料・医師国保の保険料は自治体や加入する組合によって幅があるため、ここでは目安として一定額(約127万円)を仮定しています。
年収帯によって勤務医との有利・不利が逆転します。年収800万円では勤務医(社保約116万円)の方が非常勤(国保・医師国保約127万円)より社会保険の負担が軽く、年収2,000万〜3,000万円になると、勤務医の社会保険料が上限(約167万〜173万円)に達するのに対し、国保・医師国保側はほぼ定額のまま約127万円で収まるため逆転します。
<この表の計算式(x = 年収、単位:万円)>
- 給与所得控除・給与所得:表1と同じ
- 社会保険料:約127(国保/医師国保+国民年金、定額の目安)
- 課税所得:給与所得 − 127 − 基礎控除
- 所得税:(表1と同じ累進税率)×1.021
- 住民税:(給与所得 − 127 − 43)×10% + 0.5
- 手取り:x − 127 − 所得税 − 住民税
なお、フリーランス医の場合、マイクロ法人を設立することで保険料を削減できる可能性があります。この点については、以下の記事を参考にしてみてください。

3. 開業医(クリニック経営)の手取り早見表
開業医の「収入」は、勤務医の「年収」とは意味がまったく違います。勤務医の年収は「個人が受け取る給与」そのものですが、開業医の場合、いわゆる「診療報酬」はクリニックの売上であり、そこからスタッフの人件費・家賃・医療機器・医薬品費などの実際の経費を払った残りだけが個人の取り分になります。
医業の場合、医師本人が「業務委託」として事業所得の形を取ることは、実質的にはできません。診療行為は病院・クリニックの指揮命令下で行われる以上、労働基準法上「労働者」とみなされ、税務上も給与所得として扱われるのが原則です。事業所得として扱えるのは、自分でクリニックを開設し、医療法上の開設者・管理者になる場合に限られます。その代わり、実際の経費(人件費・家賃・医療機器など)を丸ごと負担することになります。
個人開業医には、実額ではなく一定率で経費を計上できる「概算経費(措置法26条)」という制度があり、社会保険診療報酬が年間5,000万円以下の部分に適用されます(2,500万円以下は72%、2,500万円超3,000万円以下は70%、3,000万円超4,000万円以下は62%、4,000万円超5,000万円以下は57%)。この概算経費率は、実際のクリニック経営の経費構造にも近いとされています。この制度は社会保険診療報酬にのみ適用され、健診・美容医療などの自由診療収入がある場合は、その部分について実額経費での按分計算が別途必要になります。以下の試算では診療報酬をすべて社会保険診療報酬と仮定しているため、自由診療収入の割合が大きいクリニックでは、試算より実際の経費・手取りが変わります。
以下は、社会保険診療報酬(クリニックの売上)を800万〜3,000万円とした場合の、医師個人の手取りの試算です。
| 診療報酬(x) | 概算経費 | 個人の手取り額 | 対収入の手取り率 |
|---|---|---|---|
| 800万円 | 約576万円(72%) | 約173万円 | 約21.6% |
| 1,200万円 | 約864万円(72%) | 約258万円 | 約21.5% |
| 1,500万円 | 約1,080万円(72%) | 約320万円 | 約21.3% |
| 2,000万円 | 約1,440万円(72%) | 約417万円 | 約20.9% |
| 3,000万円 | 約2,150万円(72%+70%) | 約600万円 | 約20.0% |
勤務医の年収800万円の手取りが約591万円だったのに対し、開業医の診療報酬800万円の手取りは約172万円しかありません。同じ「800万円」でも、勤務医にとっては個人の取り分そのものである一方、開業医にとっては大半がスタッフ・設備・家賃に消えるクリニックの売上に過ぎない、という違いがそのまま表れています。
<この表の計算式(x = 社会保険診療報酬、単位:万円)>
- 概算経費(措置法26条):E(x) = 0.72x(x≦2,500)/ 1800 + (x−2500)×0.70(2,500<x≦3,000)
- 事業所得(青色申告特別控除前):x − E(x)
- 事業所得(青色申告特別控除後):x − E(x) − 65
- 社会保険料(国保+国民年金):min[ (事業所得(青色後) − 43)×10% + 8, 106 ] + 20.7
- 課税所得:事業所得(青色後) − 社会保険料 − 基礎控除
- 所得税:表1と同じ累進税率×1.021
- 住民税:(事業所得(青色後) − 社会保険料 − 43)×10% + 0.5
- 手取り(現金ベース。青色申告特別控除は現金の支出を伴わないため):(x − E(x)) − 社会保険料 − 所得税 − 住民税
補足:開業医が勤務医と同水準の手取りを得るには
「開業医は経費が多いから不利」という話ではなく、同じ手取りを得るには、診療報酬の規模が根本的に違うという話です。参考として、勤務医が年収3,000万円で得る手取り約1,774万円と同水準の手取りを、クリニック経営で得るために必要な診療報酬を試算すると、おおよそ1億700万円程度になります(5,000万円を超える部分は概算経費制度の対象外となるため、実額の経費率をおよそ75%と仮定した参考値です)。つまり、勤務医の年収の約3.6倍の診療報酬規模がないと、同じ手取りにはならない計算です。
これは「開業医が悪い」という話ではありません。「スタッフを雇い、設備を整え、経営者としてのリスクを負う対価として、規模を大きくする余地がある」というのが開業医の本質であり、勤務医にはできない「事業を拡大して収入を増やす」という選択肢を持っている、という違いの表れです。
まとめ
- 給与所得者は、収入が上がるほど社会保険料は上限に張り付く一方、所得税の累進負担が重くなります
- 非常勤・複数勤務先(国保/医師国保+国民年金)は、低い年収帯ではむしろ勤務医より社会保険料が重くなる場合がありますが、年収が上がり勤務医の社会保険料が上限に達すると、逆に非常勤側が有利になります
- 開業医(クリニック経営)は、「年収」が個人の取り分ではなく事業の売上を意味するため、他の2つとそのまま比較することはできません。同水準の手取りを得るには、勤務医の年収の3倍以上の診療報酬規模が必要になります
これは医師に限った話ではありません。「雇われて給与をもらう」働き方と、「事業を経営して収入を得る」働き方の違いは、士業でも会社員でも同じです。前者は安定しているが収入のスケールに天井がある一方、後者は経費・リスクを背負う代わりに収入の天井そのものを自分で動かせます。
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監修者情報
| 2026年8月31日 監修者:坂根崇真 | ||
|---|---|---|
![]() | 所属 | 秋田税理士事務所 |
| 氏名 | 坂根崇真 税理士 | |
| 登録番号 | 133046号 | |
| 専門 | 起業・会社設立、創業融資 等 | |
| URL | https://kigyou.tszeiri.com/komon/ | |



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