※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の税務・法務・社会保険の助言ではありません。制度や取扱いは頻繁に改正されるため、実際の法人設立・運用にあたっては税理士・社会保険労務士等の専門家に個別にご相談ください。
「医師はマイクロ法人を作れば節税になる」という話を、どこかで聞いたことがあるかもしれません。
ただ、この話は「誰が」「どんな立場で」法人を作るかによって、当てはまる度合いがまったく違います。
本記事では、医師がマイクロ法人を検討する際に押さえておくべき制度的な前提と、「常勤先を持つ勤務医」「常勤先を持たない非常勤医やフリーランス医」「開業医」という立場ごとに何が変わるのかを整理してお伝えします。
マイクロ法人とは何か、なぜ医師のあいだで話題になるのか
マイクロ法人とは、法律上の正式な用語ではなく、代表者1名または少人数で運営する小規模な法人を指す通称です[1]。
合同会社・株式会社のいずれの形態でも設立でき、登録免許税は合同会社で6万円、株式会社で15万円が目安です(このほか定款認証費用等の実費が別途かかります)。
一般に、マイクロ法人が節税・資産管理の手段として話題になるのは、次の3つのメリットがあるからです。
- 所得を個人と法人に分けられる:個人の所得がすでに高い医師の場合、追加の事業収入まで個人で受け取ると、その利益には高い限界税率がかかることがあります。そこで、法人側で独立して行っている事業の収入を法人で受け取り、利益の一部を法人内に残すことで、所得が個人に集中するのを避けられます。中小法人では、一定の所得について法人税の軽減税率が適用されるため、個人の高い限界税率との間に差が生じる場合があります。この差を利用しながら、将来の事業投資や経費の支払いに法人資金を使えることが、法人を持つメリットの一つです。
ただし、法人に残した利益を後に給与や配当として個人へ移せば、その段階で個人側にも税負担が生じます。そのため、「法人化すれば税率差の分だけ必ず得をする」という単純な話ではなく、法人にどれだけ利益を残すのか、将来その資金をどう使うのかまで含めて判断する必要があります。 - 経費計上:事業に関連する費用を経費として計上できる点は個人事業主と共通です。法人化によって経費の範囲が自動的に広がるわけではなく、あくまで事業との関連性(業務遂行上必要かどうか)によって判断される点に注意が必要です。
- 社会保険料の最適化:国民健康保険に加入している個人事業主が、法人を設立して自身が役員となり、標準報酬月額に基づく被用者保険(協会けんぽ等)に切り替えることで、保険料の計算方法自体を変えることができます。これが、いわゆるフリーランス医の「法人化スキーム」における節税の主眼です。
ここで注意したいのは、3つ目の「社会保険料の最適化」が機能する前提です。これは国民健康保険に加入している個人事業主が、被用者保険に切り替えるという構造によって生まれる効果であり、そもそも協会けんぽや健康保険組合といった被用者保険にすでに加入している会社員・勤務医には、同じ理屈がそのまま当てはまりません。ここに関しては、雇用形態別の項目で詳しく扱います。
医師はマイクロ法人で何をするのか
法人を作る以上、そこに何らかの事業実体が必要です。医師がマイクロ法人を設立する際に、考えやすい事業内容としては、次のようなものがあります。
- 執筆・監修業:医学書や記事の執筆料、監修料
- 講演・セミナー講師:学会や企業向け講演の謝礼
- 医療コンサルティング:病院経営や製薬会社へのアドバイザリー業務
- 資産管理:不動産の家賃収入、株式・投資信託等の運用益を法人名義で管理する
ここまで読むと「自分の給与や当直・非常勤バイトの収入も、法人の売上として計上できないのか?」と考える方もいるかもしれません。しかし、これは次の項目で説明するとおり、基本的にはできません。
医業は基本的にマイクロ法人の事業にできない
医師のマイクロ法人が一般的なフリーランスのマイクロ法人スキームと決定的に異なるのが、この点です。
保険診療は、健康保険法等に基づき、保険者と保険医療機関との間で結ばれる公法上の契約です[2]。診療報酬は、地方厚生局から指定を受けた保険医療機関(病院・診療所)に対して支払われる仕組みになっています[3]。
勤務医は、この保険医療機関(勤務先)との雇用契約に基づいて給与を受け取る立場です。診療報酬の請求・受領の当事者は勤務先の医療機関であり、勤務医個人がその契約の直接の当事者になっているわけではありません。同様に、非常勤・スポットバイトの報酬も、多くの場合は雇用契約または準委任契約に基づき、勤務先から個人に対して支払われる建付けになっています。
つまり、「勤務医としての給与や非常勤バイトの報酬を、自分のマイクロ法人に振り込んでもらう」ということは基本的にできません。
ただし、勤務先の施設や勤務時間に拘束されない、独立性の高い業務は例外です。たとえば、病院のCT・MRI画像を回線を通じて自宅等から読影する「遠隔読影」の業務については独立性が高く、医業であっても業務委託契約が成立することが多いです。そして、一定の事業性があれば事業所得として扱うこともできます。
それ以外の一般的な非常勤外来や当直・スポット勤務では、基本的に勤務日時や場所が医療機関側から指定され、その施設・設備を使い、医療機関の管理下で診療するという形をとるので、業務委託という扱いにすることはできません。
雇用形態別:マイクロ法人は得か損か
同じ「医師のマイクロ法人」というテーマでも、雇用形態によって結論は大きく変わります。順に見ていきます。
勤務医の場合
勤務医がマイクロ法人を設立すること自体は法的に可能です。ただし、以下の理由から、いわゆる「社会保険料の最適化」を期待して法人を作っても、単純に社会保険料を下げられる、という構造にはなりません。
- すでに勤務先で協会けんぽ・厚生年金保険に加入している状態で、自分の法人でも社会保険の加入要件を満たす報酬を受け取る場合、「二以上事業所勤務届」の提出が必要になります[4]。
- この場合、両方の事業所から受ける報酬月額を合算したうえで標準報酬月額が決定され、各事業所の報酬額の比率で保険料が按分されます[4]。
- 勤務先からの給与がすでに高水準にある勤務医の場合、この合算後の標準報酬月額は勤務先の給与だけでほぼ決まってしまうため、法人側で役員報酬を低く設定しても、全体の保険料が下がる効果は限定的です。
一方で、執筆・講演等の医業外所得が一定額(目安として個人の限界税率と法人税率の差が意味を持つ水準)を超えている場合には、所得分散・経費計上の器としての意味は残ります。ただし、この場合も社会保険料の最適化効果は別問題である点に注意が必要です。
法人の設立・維持コストは、登記費用に加えて税理士報酬・決算費用等がかかりますが、依頼内容によって差が大きく一律には言えません。均等割(年7万円が目安)のような固定費用に加えて、こうした費用を医業外所得が上回る水準になっているかどうかが、実務上の判断材料になります。
非常勤医・フリーランス医の場合(常勤先を持たない医師)
ここでは、「非常勤医」や「フリーランス医」として、特定の病院に常勤の雇用契約を持たず、複数の医療機関でのスポット勤務や非常勤勤務を組み合わせて働いている医師を指すことにします。さらに、いずれの勤務先でも健康保険・厚生年金の被保険者資格を取得していないということも前提にしたいと思います。というのも、非常勤であっても、勤務先ごとの加入要件(労働時間・雇用見込み期間・賃金額等)を満たせば被保険者資格を取得できることもあるからです。
非常勤医やフリーランス医の場合、通常は市町村国保または医師国保に加入し、年金は国民年金となります。
一方、実体のある医業外事業(または遠隔読影業務)を行うマイクロ法人を設立し、自身が役員として報酬を受け取る場合、その法人を通じて健康保険・厚生年金に加入することになります。
ここで重要なのは、市町村国保と法人の健康保険では、保険料の決まり方が異なるということです。
市町村国保は前年所得に応じて保険料が増えるため、非常勤やスポット勤務を多く入れて所得が高くなるほど負担も大きくなりやすい仕組みです。
一方、法人の健康保険・厚生年金は、役員報酬を基礎とした標準報酬月額によって保険料が決まります。
そのため、法人事業の実態や役員としての職務に見合った範囲で役員報酬を低めに設定した場合、医師国保または国保+国民年金に加入し続けるより、社会保険料の総額を抑えられることがあります。
ただし、役員報酬は単に「低ければ低いほどよい」と考えるべきではありません。法人の事業実態、役員としての職務内容、厚生年金保険料、将来の年金額、法人維持費まで含めて検討する必要があります。
医師国保とマイクロ法人、どのくらい差が出る?
一例として、35歳・単身で、前々年の課税標準総所得額が1,500万円以上2,000万円未満のフリーランス医が茨城県水戸市で働いているケースを考えてみます。
2026年度の茨城県医師国保では、保険料は上記条件の場合、所得割と均等割を合わせて月60,000円、年間72万円です。これに国民年金約21.5万円を加えます。
さらに、茨城県医師国保へ加入する条件である医師会への在籍のコストとして、40歳以下の勤務医では郡市等医師会費が年24,000円、茨城県医師会B会員の年会費が25,000円です。
したがって、このケースでは、「医師国保+国民年金+医師会費:約98.4万円/年」となります。
一方、実体のあるマイクロ法人を設立して役員報酬を月5万円とした場合、2026年度の協会けんぽ茨城支部・厚生年金について、本人負担分と法人負担分を合計した社会保険料等は年間約26.5万円です。さらに、資本金1,000万円以下・従業者50人以下の法人を水戸市に置く場合、法人住民税の均等割は県民税22,000円+市民税60,000円=82,000円です。
したがって、このケースでは、「マイクロ法人の社会保険料等+法人住民税:約34.7万円/年」となります。
つまり、この試算では、医師国保とマイクロ法人とでは年間約63.7万円の負担差が生じます。
※以上は、2026年度の茨城県医師国保、国民年金、協会けんぽ茨城支部、厚生年金、茨城県・水戸市の法人住民税、および公開されている医師会費をもとにした筆者試算です。日本医師会費は、医師国保加入の必須費用ではないため含めていません。また、法人設立費用、税理士・会計ソフト等の維持費、法人所得に対する税金などは含みません。役員報酬は、法人の事業実態や役員としての職務内容に照らして適切に設定する必要があります。
開業医の場合
開業医の場合、前述の理由により診療収入を一般の合同会社や株式会社に移すことはできないため、診療所経営の法人化を考えるのであれば、医療法人化を目指していくことになります。
ただし、開業医が診療とは別に、執筆・講演・コンサルティング・不動産賃貸などの独立した事業を持っている場合には、一般法人を別に設ける意味が出てくることがあります。
個人でこれらの副収入を受け取れば、診療所から得る所得と合算され、所得税の累進課税の対象になります。すでに所得水準が高い開業医では、追加の利益に高い限界税率が適用されることがあります。
一方、別事業を独立した法人で行い、その利益の一部を法人内に残す場合には、個人とは別の課税主体として法人税等が課されます。結果として、その年に個人へ所得が集中するのを避け、法人内に残した資金を将来の事業投資や経費の支払いに充てることで、税負担の時期や資金の使い方を調整できる場合があります。
ただし、法人に残した利益を最終的に給与や配当として個人に移せば、その段階で個人側にも課税が生じます。また、法人住民税や決算・申告費用などの固定コストもかかります。そのため、医業外の利益が小さい場合や、利益をほぼすべて個人に取り出す場合には、法人化のメリットは限定的です。
公務員医師は兼業規制にも注意
国公立病院や大学病院に勤務する医師のうち、国家公務員・地方公務員の身分を持つ場合、法人の役員に就任すること自体に別の制約がかかります。
- 国家公務員法第103条では、営利企業の役員等を兼ねることが、報酬の有無を問わず原則として禁止されています。
- 地方公務員法第38条では、営利企業の役員等を兼ねる場合、任命権者の許可を受けることが必要とされています。国家公務員と異なり、許可を得れば認められる余地がある点が異なります。
いずれの場合も、法人設立の前に勤務先の就業規則・服務規程を確認し、必要な手続きを取ることが前提になります。無許可での法人役員就任は、懲戒処分の対象になり得ます。
社会保険制度の見直しはマイクロ法人に影響するか
2026年3月に、厚生労働省から、法人役員である個人事業主等の被保険者資格の取扱いを明確化する通知が発出されました[5]。この通知は、役員報酬を上回る会費を法人側に支払っているケースなどを具体例として挙げていますが、それだけに限定されるものではありません。法人役員としての業務が経営参画を内容とする経常的な労務の提供といえるか、報酬がその対価として経常的に支払われているかを、指揮命令権の有無・決裁権の有無・出勤頻度等の実態から総合的に判断するという考え方そのものを明確化した内容です。
自分自身が実際に事業を営むマイクロ法人において、実態のある役員報酬を受け取っている場合は、この通知が問題視する典型例(名目的な就任・会費の支払い)とは状況が異なります。ただし、法人役員としての実態を総合的に判断するという内容が明文化されたということもあり、マイクロ法人においても業務内容・出勤実績・決裁権限などを裏付けられるようにしておくことの重要性は、今後さらに増していくと考えられます。
医師がマイクロ法人を設立するデメリット
法人化を検討する際、節税効果ばかりに目が行きがちですが、以下のコストやリスクも合わせて考える必要があります。
- 維持コストは事業実体の有無にかかわらず発生する:法人住民税の均等割(赤字でも発生する固定費用で、資本金1,000万円以下の法人の場合は年7万円が目安)は共通してかかります。それに加えて、税理士報酬・決算費用等が発生します。
- 確定申告の負担が増える:法人の決算・申告に加え、個人としての確定申告も別途必要になります。
- 勤務先との信頼関係への影響:就業規則上、副業・法人設立には届出や許可が必要な場合が多く、無届けで進めると懲戒リスクがあります。
- 事業実体の説明責任が生じる:前章で触れた通り、法人役員としての業務・報酬の実態は、社会保険の被保険者資格の判断において総合的に確認される対象になっています。帳簿・契約書・業務記録等を整えておくことが、こうした確認への備えになります。
法人化を検討する前のチェックリスト
- 自分の収入(勤務先給与・非常勤収入・副業収入)のうち、どこまでが給与所得で、どこからが事業所得になり得るかを把握しているか
- 医業外の収入(執筆・講演・資産運用等)が、法人の固定費用(均等割等)や税理士報酬を上回る水準になっているか
- 勤務先の就業規則・服務規程で、副業・法人役員就任がどう扱われているか確認したか
- 公務員としての身分がある場合、兼業規制・許可手続きの要否を確認したか
よくある質問
- 勤務医がマイクロ法人を作るのは違法ですか?
-
法人の設立自体は違法ではありません。ただし、勤務先の給与や非常勤バイトの報酬を法人の売上として計上することは、基本的にできません(遠隔読影など少数の例外はあります)。また、勤務先の就業規則で副業・法人役員就任に許可が必要な場合が多く、無届けで進めると懲戒の対象になり得ます。
- 非常勤バイト・スポットバイトの収入は法人化で節税できますか?
-
勤務先の指揮命令下で行うスポット勤務・非常勤勤務の報酬は、給与所得として扱われるのが一般的で、法人の売上として計上する節税スキームは基本的に成立しません(遠隔読影など少数の例外はあります)。ただし、いずれの勤務先でも被保険者資格を持たない非常勤・フリーランス医の場合、医業外の事業を持たせた法人を設立し、国民健康保険から協会けんぽ等への切替という形で社会保険料を下げることが可能性です。
- 公務員である病院の医師は法人を作れますか?
-
国家公務員の場合は営利企業の役員兼業が原則禁止されています。地方公務員の場合は任命権者の許可を得れば認められる余地がありますが、いずれも事前の手続きが必須です。
まとめ
- 医業収入そのものは、勤務先の指揮命令下にある限り「給与所得」として扱われるのが一般的で(一部例外あり)、法人の売上にはできません。
- いずれかの勤務先で被保険者資格を持つ勤務医:社会保険料の最適化というマイクロ法人のメリットは得られません。
- いずれの勤務先とも被保険者資格を持たない非常勤・フリーランス医(バイト医):国民健康保険(あるいは医師国保)からの切替という形で社会保険料の最適化ができますが、事業実体と役員報酬の合理性が問われます。
この記事で扱った話題は、私の執筆したnote「医師のための金融リテラシー講座」で扱っているテーマの一部です。
医師は、金融を学ぶ機会がほとんどないにもかかわらず、複雑な金融判断を迫られる場面に直面しがちです。
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<出典>
[1] マネーフォワード クラウド会社設立「マイクロ法人とは」https://biz.moneyforward.com/establish/basic/79873/
[2] 公益社団法人東京都医師会「保険診療とは(医療保険各法やルールについて)」https://www.tokyo.med.or.jp/doctor/practicing_docs/general/01-01
[3] 近畿厚生局「(医科)保険診療の理解のために」https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/gyomu/gyomu/hoken_kikan/documents/ika_1.pdf
[4] 日本年金機構「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」リーフレット https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20131022.files/2kashoijyokinmu.pdf
[5] 国税庁「老人保健法に定める保健事業に係る医師等の報酬に対する課税上の取扱いについて」(昭和59年1月30日直所5-3ほか) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/shinkoku/840130/01.htm


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